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寥寥とした荒野を前に、切り立つ荒々しい断崖を後ろにして女性は立っていた。風がヒュルリと吹く。女性が辺りをどんなに見渡しても誰も何もなかった。ありはしなかった。もはや、ここまでか、と。そう思えばぜんぶがカンタンだった。 天から澱んだ大気が塊のまま、降下してくる。下に広がる底を知らぬ果ての海には闇が佇み、砕かれた硝子のような細かな氷は揺れて、波に喰らわれる。僅かな光を白く反射し、妖しく煌めく。やがて、大きな氷塊に抱き込まれると凍てついた空気が亀裂から溢れ出す。そんな息吹はあちらこちらから見られ小さな島を囲っていた。世界、全てが冷たかった。そうやって温もりを失っている仄昏い海の緩慢な波に音も全て屠られたのか、痛いほどの静寂がそれらの冷気ととも島の大地まで浸蝕するように表面をゆったりと覆い始めていた。そのあまりにも冷ややかな空気に、意図せずとも肌が強張る。
かつては、なんの問題もなく満たされていた大地。それは、もはや見る陰もない。どんな救いを与えようと効果はなく、対価ばかりが増してゆく。全てが疲れていた。まるで途方のない闇に独り放り出されたみたいに。解放されたい――女は素直に思った。だから、もっとも楽な道を選んだのだ。 そして、青年はそんな女をただただ俯瞰していた。

――神がともにいるのが普通の世界だった。


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